東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2579号 判決 1978年6月19日
控訴人(附帯被控訴人)
斉藤信男
控訴人(附帯被控訴人)
西村喜久枝
右両名訴訟代理人
小川休衛
外二名
被控訴人(附帯控訴人)矢崎包茂訴訟承継人
矢崎聰
被控訴人(附帯控訴人)矢崎包茂訴訟承継人
矢崎かつ江
被控訴人(附帯控訴人)矢崎包茂訴訟承継人
軽部茂子
右三名訴訟代理人
竹田章治
主文《省略》
理由
本訴関係
第一控訴人西村より控訴人斉藤への本件建物所有権の移転
一本件建物がもと控訴人西村の所有であつたこと、昭和四一年一一月五日控訴人斉藤が控訴人西村よりこれを買受け、同年一二月二日その旨の所有権移転登記を経由したこと及び被控訴人らが一審原告矢崎包茂死亡に因り同人の権利義務を相続に因り承継したことは当事者間に争いがない。
二そして、<証拠>に前記当事者間に争いのない事実とを綜合すると、控訴人西村は、一審原告矢崎包茂からその所有に係る東京都江東区亀戸町三丁目二五一番宅地一七四坪のうち61.7坪を建物所有を目的として賃借し、その地上に本件建物を所有していたものであるところ、前記のとおり本件建物所有権を控訴人斉藤に譲渡すると共にその敷地賃借権をも控訴人斉藤に譲渡(但しこの賃借譲渡について地主矢崎の承諾は得ていなかつた。)したことが認められる。
第二控訴人斉藤より安部忠への本件建物所有権の移転
<証拠>を綜合すると、次の各事実を認めることができ、この認定に反する趣旨の証人宮後充男、同安部忠の各証言部分は措信することができない。
1控訴人斉藤は昭和四一年一〇月二五日頃塚野光太郎が中村興治に対して負担していた金三〇万円の金員支払債務について中村興治に対して連帯保証の責に任ずることを約したが、その後塚野、斉藤の両名はこの弁済をせず、中村興治からその代理人宮後充男(中村の義弟)を介してしばしばきつい支払督促を受けていたこと。
2そうしたうちに昭和四二年一二月中旬頃控訴人斉藤は資金を必要としたところから、かねてから知り合いの金融に明るい石田新一にこれが融資の仲介を依頼し、本件建物を担保として三〇〇万円位借受けたい旨を申入れると同時に同人を代理人として融資を受けることとし、担保提供に要する本件建物の登記済証、委任状、印鑑証明及び借受金を昭和四三年一月二〇日までに返済できないときは同年二月五日までに本件建物を明渡す旨の念書等の書類を同人に交付した。そこで、石田は右依頼に応じ融資先を探したが容易にこれを求めることができないでいた。
ところが、その頃、宮後充男は右の事実を聞知し、かねてから控訴人斉藤が金銭についていささか怠放であり、自己の借受金についてすらたしかな認識をもたず、しかも多数の人から借金をしていること及び後記第三の3に認定した地主矢崎包茂と控訴人斉藤間の事情を耳にしていたので、この機会に斉藤所有の本件不動産によつて前記中村の債権の回収を図ることさらに控訴人らを本件建物から立退かせることを考え、安部忠、石田新一と相談の上、昭和四二年一二月一八日頃当時控訴人斉藤が負担している債務として、石田新一に金五〇万円、中村興治に金六〇万円(前認三〇万円に期限までの利息期限後損害金を加算したもの。)宮後に金二〇万円(控訴人斉藤が従前宮後に種々厄介になつたことの謝礼及び本件建物担保による今回の融資についてのあつせん料を含むものとして。)花井与一に金二〇万円、塚野光太郎に金六万円の各債務(以上合計一五六万円)がある旨の書面を作成させた上、石田が控訴人斉藤の代理人としてその頃安部忠から金三〇万円を借受け、さらに本件建物を担保とするための登記費用として金一四万円を計上し、以上合計二〇〇万円の債務が存在することとし、宮後充男が安部忠の代理人、石田新一が控訴人斉藤の代理人として両者間で、安部忠において控訴人斉藤の右各債務の履行を引受けて同人のために右各債務につき弁済の責に任ずること(但し安部と右各債権者間にこの点についてなんらの合意もない。)その代償として控訴人斉藤は安部忠に対し金二〇〇万円の金員支払債務を負担し、これを昭和四三年一月二五日限り支払うこと、右不履行のときは、代物弁済として本件建物所有権を安部忠に移転する旨の契約を締結し、その後昭和四三年一月五日石田新一がさきに控訴人斉藤から交付を受けていた書類を用いて安部忠を権利者とし本件建物につきその旨の抵当権設定登記及び停止条件付所有権移転の仮登記を経由し、その後約定の弁済期に控訴人斉藤が安部に対し金二〇〇万円を支払わなかつたので、安部はその代理人宮後をして同人がさきに石田から交付をうけていた書類により、昭和四三年一月二七日代物弁済に因り本件建物所有権を取得しした旨の登記を経由したこと。
3控訴人斉藤が安部忠から借受けた前記金三〇万円は安部忠の代理人である宮後充男から控訴人斉藤の代理人石田新一により手交されたが、その際石田はその頃内金五万円(利息差引きで現実には金四万五〇〇〇円)のみを宮田某からの貸付金として控訴人斉藤に交付したのみであること。
4しかしながら、右仮登記及び本登記の被担保債権として表示された前記金二〇〇万円の内訳となる各債務は中村興治に対する元金三〇万円の連帯保証債務とその利息及び期限損害金債務(昭和四二年九月二一日で合計四六万円)、安部忠から借受けた金三〇万円塚野光太郎(但し実際上内妻矢作すみ子名義)に対する金六万円を除いては、その存在が疑問視され、むしろ存在するとは断定しきれないものであること。
控訴人斉藤は右のとおりみずからは四万五〇〇〇円のみしか手にすることができなかつたことに因り、その代理人石田がした前記安部との各契約が、当初依頼した趣旨に反するものであり、金二〇〇万円の抵当の基本債務の内訳にもいささか承服しかねるものがあつたので、代理人としての石田のした右行為を承認していなかつたが、結局一部にもせよ債務が存在していたことから、昭和四三年一月下旬には基本的には前記登記原因とされた各契約を認めるようになつたこと。
5なお、塚野光太郎に対する控訴人斉藤の債務については、安部において、代位弁済したことはなく、のちに控訴人斉藤において分割払により完済したこと。
第三控訴人斉藤の代理人石田と安部忠の代理人宮後とがした前記各契約の契約環境とその後の事情について
1鑑定人丸山佳邦の原審における鑑定結果に依ると、昭和四三年一月二五日(安部忠が本件建物について所有権取得登記を経由したのは前記認定のとおり、昭和四三年一月二七日)の時点における本件建物価額は金三八万九八二〇円その敷地賃借権の価額は金九五〇万一四八〇円であることが明らかである。
2そして、<証拠>に依ると、安部忠は前認三〇万円を貸付けるについて本件建物価額を考えて貸付けたこと、及び本件建物所有権取得登記後間もない昭和四三年二月一二日一審原告矢崎包茂(当時の本件建物敷地の所有者)に本件建物を代金三五〇万円で売却し、即日内金一五〇万円を受領し、翌二月一三日これが所有権移転登記を経由したこと及び右安部と矢崎包茂間の本件建物売買の話は、安部がその代理人宮後を通じ、控訴人斉藤の代理人石田に金三〇万円を交付した段階において矢崎の土地差配をしていた平賀武男と宮後充男との間において予め予定されていたことが認められる。<証拠判断略>
3また、<証拠>によると、本件建物敷地の地代の支払は、控訴人西村が本件建物所有者であつた時代からとどこおりがちであり、この事態は控訴人斉藤が本件建物所有権を控訴人西村から譲受けた後も変らなかつたこと、したがつて地主として一審原告矢崎包茂及びその差配平賀武雄においてこれを苦慮し、控訴人らの立退を強く望んでいたことが推認される。
4<証拠>によれば、安部の代理人宮後は、本件建物等の売却代金の一部として受領した金一五〇万円をもつて、中村興治に対して元利金六〇万円を、安部に対しその貸金三〇万円を、それぞれ支払い、残金のうち二〇万円を自ら取得し、石田には二五万円を交付した。これが認められる。
第四当裁判所は、右認定した事実のもとにおいては、控訴人斉藤と安部間の右代物弁済契約は、同控訴人の軽卒さに乗じて結ばれたものであつて、民法九〇条に違反して無効であると判断するが、その理由は次のとおりである。
1本件代物弁済――いわゆる仮登記担保契約であると認めるのが相当である――の前提である本件消費貸借は、その成立過程において異常である。
(1) 前記のとおり、債務者たる控訴人斉藤において石田新一ら数名に対し金二〇〇万円に及ぶ債務があり、安部において同控訴人右金二〇〇万円の債務の履行の引受を控訴人に対して約するという合意が成立した形式が採られている。
そして、このような合意の形式が採られたのは、控訴人斉藤の代理人石田と安部の代理人宮後両名の話合いに依るもので、同控訴人は右両名の指示するままに余り深く考えずに書面に記載したためであつて、この点に同控訴人にも相当の責任があることは否めないけれども、前記認定の事実の推移に徴すると、右合意の形式は、むしろ、石田と宮後両名が主体となり、企画、立案したものでその主たる責任は、この両名にある。
(2) しかも、右石田は、金融業者であつて、昭和四二年一二月下旬頃、安部から宮後を通じて、控訴人の代理人として交付を受けた金三〇万円について、これを宮田某からの借受金としてその内わずかに金五万円(しかも利息一割を天引して金四万五〇〇〇円)だけを控訴人斉藤に交付し、あとは自己の手中におさめている。そして、石田が控訴人斉藤に金額を交付しなかつたことについて、石田と宮後の両名が、本件消費貸借と関連し、当初から協議、相談していたことなど前記認定の経緯からみれば、宮後は当初から、かかる石田の行為を予測、容認していたとの疑いもあるが、いまだこれを確証することはできない(したがつて、安部と控訴人斉藤間に金三〇万円の消費貸借が成立しているといわざるを得ない)が、少なくとも、かかる事情は、控訴人斉藤において、結果的に、ほとんど対価らしき対価を得ることなく、本件建物の所有権を失うという結果を導いたものであることは、事実として、しんしやくすることは、許されよう。
(3) 石田は、前記(2)の金五万円――しかも実際は安部が控訴人斉藤に対し貸し付けた金の一部――を関連して、交付した日から一月も経過していないにもかかわらず、金五〇万円の債権を有するものとし、また、宮後も、本来なんらの債権を有していないのに、融資などのあつせんに努力したと称して、手数料などとして金二〇万円の債権を取得したとして、これらを前記消費貸借のもととなる金銭債権に含めており、両名あいまつて、控訴人斉藤の代理人または安部の代理人たる地位を悪用し、不当に金銭債権のあることを装つている。
2安部が控訴人斉藤に対して有する債権額とその回収に異常なものがある。
安部が本件建物の所有権等の価値を勘案して、控訴人斉藤の“負担”している債務――その大半は真実存在していなかつたことは前記のとおりである――について、履行の引受を約したのであるが、本件建物等を被控訴人に売却した時点までに、履行の引受の約定にもとづいて控訴人斉藤の債務を弁済したものはなく(自分が貸し付けた金三〇万円の分を除く)、わずかに、本件建物等の売却後その代金のうちから中村に対し元利合計として金六〇万円を弁済したのみである。
そして、安部の控訴人斉藤に対するわずか金三〇万円の債権も、履行の引受の約定にもとづく中村に対する元利六〇万円の弁済も、本件建物の売却を図つた安部の代理人たる宮後が、同時に中村の代理人(宮後は中村の義弟)として、小計金九〇万円の交付を受けて回収したものであり、しかも、その際宮後自身自己の(本来存しない)債権の回収として金二〇万円を、また、一緒に協議、相談した石田の(本来存しない)債権の回収として金二五万円を、それぞれ受領するということが行なわれ、これからみれば、宮後、石田の両名が、控訴人斉藤の軽卒さに乗じ、本件建物などの売却等の処分により、その犠牲において、本来する債権の外、全く理由のない債権と称するものについてまで、その回収を図るためになされたものというべく、その回収は、異常というの外ない。
3本件建物等の価額の高額なことと所有権移転登記手続等の迅速性である。
(1) 本件建物等の価額については、前記認定のとおりであり、これに対し安部が有する債権として現に発生したものは、本件建物等の売却時までわずか金三〇万円にすぎず、たとい、中村興治に対し履行の引受にもとづいて弁済した金六〇万円を入れたとしても小計金九〇万円であつて、本件建物等の価額とは、合理的均衡を失することは、明らかである。
(2) 安部(代理人宮後)は、控訴人斉藤の代理人であつた石田を通じて、本件建物の権利証、同控訴人の印鑑証明書など登記手続に必要な書類を早くから入手しており、本件消費貸借の弁済期を過ぎると、直ちに本件建物の所有名義を自己に移し、間もなく、被控訴人らの先代矢崎包茂にこれを売却してその名義を移転したものであり、これを結果的にみれば、安部は、控訴人斉藤に対する僅かな金銭債権でもつて早急に本件建物の所有権等の取得を図つたものと認められてもいたし方がないというべきである。
4以上のような本件代物弁済の異常性を考慮するときには本件代物弁済は、いわゆる仮登記担保契約ではあるけれども、控訴人斉藤の軽卒さに乗じてこれを結んだものというべく、民法九〇条に違反して、無効であると認めるのが相当である。
第五被控訴人は、本件建物の代物弁済が無効であつたとしても、控訴人斉藤は、再三無条件の明渡を約し、または代物弁済の有効であることを追認した旨主張する。
<証拠>によれば、控訴人斉藤は、本件建物の所有名義を取得した安部からの再三の要求に対し本件建物の明渡を約したことは認められるが、右はいずれも、本件建物の代物弁済の無効を左右するものではない。
第六以上説述したところから明らかなように控訴人斉藤は、本件建物の所有権を失なつていないから、これと異なることを前提とする被控訴人らの本訴請求は、他に判断を進めるまでもなく、失当である。
(反訴関係)
反訴請求原因および被控訴人らの訴訟承継関係の事実は当事者間に争いがなく、被控訴人らが本件建物の所有権を取得することができないことは、本訴請求の当否において判断したとおりである。
そうだとすれば、控訴人斉藤の反訴請求は理由があるというべきである。
(むすび)
以上のとおり、控訴人らの控訴は理由があるから原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消して、被控訴人らの本訴請求を棄却するとともに、控訴人斉藤の反訴請求を認容し、被控訴人らの附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九三条、九六条を適用し、主文のとおり、判決する。
(安藤覚 森綱郎 奈良次郎)